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【馬から学ぶ子育て】子育ての責任


この記事は【馬から学ぶ子育て】母親の役割からの続きです。

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馬リトリート第7日目の課題はまず丸柵の中でマハティを引き馬でコントロールすることでした。
歩く速さの調整、止めたい位置で止めること、よい関係を築いた後にその場で騎乗することに。
柵の中にはサニーに乗った由紀子さんもいて、そのあとをついて乗るような形になりました。
サニーは群れのボス、わたしが何もしなければマハティはサニーに従って動いてしまいます。
乗っているわたしがボスなのだということをマハティにわからせてハンドルする必要がありました。
手綱を強く引くことで止めるのではなくて、わたしの場合はまずはしっかりコアを立てて姿勢を正し、
自分がリーダーであるという観念をしっかり持ち、気持ちから止まるという意思を送り、
次に身体から、鞍に触れているくるぶし10cm上の部分でコミュニケートし、それからウォーの声掛け、
それでも止まらなければ小指を手綱にかけて少しずつハミに負荷をかけながら止まるまで引く、
そんな練習を何度か繰り返し、マハティと適切な関係が築けたところで丸柵をでて池の方へ行くことに。
サニーと由紀子さんのあとをついていくと、オードリーやマンディ(サラブレッドの女の子)もやってきて、
2人と4頭で歩いていくのがただ単純に楽しくて嬉しかったのを覚えています。
もしわたしがリーダーシップを放棄してマハティをハンドルすることができていなかったら、
わたしもマハティもあの楽しい時間を享受することはできなかったわけです。

馬をハンドルするのに恐怖や力で動かす必要がないことを由紀子さんは教えてくれました。
自らを律し場を制することで、適切な行動を教え、守り導くのがリーダーの役割。
弱いものから搾取するのではなく、無我の愛で包み込み与えることがリーダーの務めであり喜び。
言葉ではなくて馬の脚から地面を伝わって流れてくる感覚のようなものでそれを教わりました。

それでわたしは気づきました。
歪んだ認識はそのまま鏡となって自分が持っていた側面を照らしていたのだと思います。
わたしは自分の持つ間違った恐怖心から息子に対するリーダーシップを放棄していました。
抑えつけるくらいなら自由にさせよう、そのうち自分で学んでくれたら、なんて思っていたのでしょうか。
しかしわたしの思惑とは裏腹に、息子は自由を謳歌するどころか頼るところがなくて不安げで。
こどもらしく甘えることができなくて、我儘を通そうとすることでわたしの愛情を確かめようとしていて。
わたしはそれにすら応えることができなくて。自分の問題に見て見ぬふりをしつづけてきました。
わたしのフォーカスは与えることよりも自分が得ることの方に向いてしまっていたのです。
腰を据えて正面から息子と向き合うことを避けていたわたしがそこにはいました。

まだたったの4歳、親の導きが必要な時期、自分で正しく選択できることは限られています。
何をしていいのかわからないのがいちばん恐い。的確な指示が出ていれば逆に安心できる。
好きにしていいと最初からこどもにすべてを任せてしまうのは親としての責任の放棄。
上手にサポートしてあげながら徐々に子どもから手を放していくことが本当の子育てであること。
こんな基本的な当たり前なことをわたしは知らなかった。本当に恥ずかしく無責任な母親でした。

このことに気付いてから少しずつ自分で縮こまった姿勢を正していくことができるようになってきました。
腹筋がないという致命的な問題がありつつも、気持ちからまっすぐ立てていくことで、
身体の方もお腹に力をいれて背筋を伸ばすことが徐々に長くできるようになっていきました。
姿勢が変わると気持ちも連動するのか自信がついてシャンとするという好循環が生まれていたようです。

・ ・ ・ ・ ・

想像以上に長くなりそうなので更に記事を分けます~

【馬から学ぶ子育て】真のリーダーシップ につづきます。


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by kakachan19 | 2014-09-10 10:42 | ■テキサス馬リトリート(2014)