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【馬から学ぶ子育て】観察すること


今回は『観察すること』について馬との関わりから学んだことをまとめます。

このコンセプトについては、正直わたしはかなりわかっている方だと思い込んでいました。
モンテッソーリ教育を学び、家庭である程度実践してきていたつもりだったので、
『こどもを観察する』というコンセプトはなじみ深く、ある意味既知のものであるという認識でした。

が。馬リトリート開始2日目でガツンと自分の理解の浅さに気付かされました。
ただ眼で見ているだけ。頭で見ているつもりになっていた自分を知りショックを受けました。

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馬の反応はストレートです。いくら口で「見ていました!」といったとしても、
例えばまっすぐついて歩かせようと思いながらロープを持っていたのに馬がよそ見してふらふらしている、
そんな状態からわかることはよそ見する前に気付いてあげるということが出来ていなかったということ。
ちゃんと観察できていたらそもそもよそ見などさせずやるべきことに集中させてあげられたはずなのです。

優しさをはき違え、無理やりやらせたら可哀そう、この子の好きにさせてあげたいと、
馬を自由にさせていたのは自分なのに、いざ問題行動が起きると困惑し対処できなくなってしまう。
そんな状態になると、そうさせてしまったのは自分なのに、投げ出したり感情的に怒ることになってしまう。
これってそのままわたしが息子に対してしていたことと同じだと気付いて愕然としました。

こうなったらいいな、こうしてくれたらいいな、という自分の理想を勝手に思い描いておいて、
そうなるよう導くこともせず、いざその通りにならなかったら感情を乱すだなんて、
なんて自己中心的だったのだろう、と自分の傾向に気付いた時は本当に恥ずかしく苦しかったです。

本当の優しさとは、事が起こる前に察知しコレクトすることで不要なストレスをぐんと減らしてあげること。
そのためには常に観察し続けて意識を繋ぎ空気の動きを読むことが必要不可欠であると知りました。

こちらが本気になって自らを知り正していかなければ馬とよい関係を結べない、
このことはわたしにとって馬リトリート全体を通してとても大きな意味をもつことでした。
息子とのこれまでの関わりのなかで見て見ぬ振りをしていたことを馬たちはまっすぐ見せてくれました。

わたしより大きいし力もある、人間のもつごちゃついた価値観など関係ない馬たちと接するということは、
こちらも言葉や頭ではなく、からだやこころを使って、ある意味命を懸けてコミュニケートする必要があり、
そうやって真剣にやり取りしていくことで、どうしても自分の内面と深く向き合わざるを得なくなり、
痛みを伴いつつも、理論や理屈ではなく体感から多くの気付きを得ることが出来たのだと思います。

わたしが馬から学んだ『観察すること』とは、どんな状況でも五感全てを開いて自分の全部で見ること。
過ぎてしまった過去をひっぱり出したりまだ知らない未来に惑わされたりせずただ今だけを見ること。
フィルターを通してでなく、目の前の対象の実像を見ること、ジャッジせずあるがままを見ること。

これらができて初めて『段階を経た指示』が的確にだせるようになります。
馬にとっても乗り手にとっても、親にとっても子にとっても、本当の意味で優しいコミュニケーションです。

というわけで、次回は『段階を経た指示』について書こうと思います。


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by kakachan19 | 2014-09-04 04:18 | ■テキサス馬リトリート(2014)