はじまりの日

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カテゴリ:■子育てから気づく( 17 )

そのままのしあわせ


ブログを書いていると時折ふと気づく瞬間があります。
あぁ、わたし、よく見られようとしているなぁ、とか、人の眼を気にしているなぁ、とか、
自分で勝手に創り上げたセルフイメージに囚われてしまっているなぁ、とか、とか、とか、、、

息子は可愛いです。親ばかだなぁ、と思いながら、可愛い可愛いと抱きしめてしまいます。
でも、それ以上にわたしは自分が可愛くて、偏狭的な自己愛におぼれる自分になっていました。

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息子にはよいところがいっぱいあります。
まずとっても優しい。自分より小さい子や弱い立場にあろう人に慈しみの行動を自然にとります。
お世話好きです。人の役に立てるとうれしい、という気持ちをもっています。
花が萎れていると可哀そう、、、と目を伏せます。繊細な感受性をもっています。
感情を思いっきり表現する彼の笑顔は見ているだけでこちらもしあわせになります。
本当にとろけそうな笑顔なんです。もう世界中の人にみせたいくらいの可愛い笑顔。
そして自分が笑う以上に人を笑顔にするのがすきで、おもしろいことをいって笑わそうと一生懸命(笑)
基本的に“人が好き”なようです。そして“自分のことが好き”なようです。

いいところがいっぱいあるんです。
なのに、わたしのこころのどこかに、息子が特別な子であってほしい、という気持ちがありました。
無意識的にですが、あるものを見ようとしないでないものを探していたのだろうと思います。
発達や知識的な面で同年代より抜きんでてほしい、といった気持ちはもっていませんでしたが、
なんだろう、何か人とは違う特別なものを持っていてほしい、というのがあったように思います。

人と違う何か特別な存在でなければ愛されない、そう思って苦しんでいたのはわたし自身でした。
大なり小なりもしかしてどんな人もこういった思いは自分の内に秘めているのかもしれない、と思います。
息子という鏡に映るわたしの本音。それを息子に勝手に投影していたのだなぁ、、、

昨年末に“依存を断ち切る”ことを決めて、少しずつ環境から変えていくようにして、
いちばんは息子に、そして家族や周りにいてくれる人たちに、自分が生きる今に意識を注ぐように、
できたりできなかったりしながらもとにかくやるんだという思いで過ごしてきていますが、
ちょっと前から、なんというか“地に足がついたしあわせ”というのを感じる場面が増えてきた気がします。

そしたらね、自分のことが愛おしくなってきました。
偏った自己愛じゃなくて、そのままの自分で居心地がよい、という感じでしょうか。
それでね、上に書いたような息子のいいところがいっぱいいっぱい自分の中に溢れてきたんです。
でね、もちろんわたしと息子は別人格なんだけど、息子のよいところ、わたしのなかにもあるなぁ、って。
よいところが見えるようになったら隠れていた本音も一緒に見えるようになったのは不思議でした。
裏があるから表がある、すべては表裏一体なんだなぁ、と改めて感じました。

みんなみんなそのままで特別なんだと少し腑に落ちました。
だからすべての人がそのままで愛されるべく存在なのだと、そういうことかな、と思いました。
その中には自分も含んでいいんだと、愛されたくて苦しんでいた小さな自分が笑顔になった気がします。

最近はもう息子が可愛くて可愛くて!
毎日ブログに書き記しておきたいことがたくさんあって、でものんびりやっています。

欠けていないのが完璧なのではなくて、欠けている部分も含めて完璧なのかもしれない。
でこぼこしたわたしの子育ても、良くなろうという気持ちさえ忘れなければ大丈夫なんだと思う。

ただ、わたしがしている苦労を息子もする必要はないのだから、
やっぱりわたしはわたし自身をしっかりみつめて苦しみの連鎖は立ちきらないと、ね。

そのままで完璧なこどもに“シミ”をつけないこと。
歪んだ観念を植え付けないこと。
これらチルドレン大学で教わったことが今じんわり沁みています。

<テーマ3> シミと子育て

“おかあさん”にさせてもらえたこと。
わたしの人生最大のプレゼント(学び)かもしれないです。

しあわせなおかあさんが増えることでしあわせなこどもが増えて世界がよくなっていく。
やっぱりこれがわたしが一生かけて追いかけていきたい夢です。

まずは自分、です。がんばります*^^*

Love, かーかーちゃん
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by kakachan19 | 2015-01-28 11:11 | ■子育てから気づく

昼のお星さま


「おかあしゃん、なんで朝やお昼はお星さまがなくなっちゃうの?」

幼稚園に送り届けるために車を運転していたわたしに息子が投げかけてきた「?」です。
その日は天気がよくて空に青白いお月さまが見えるね~なんて二人でお話ししていたので、
お月さまは見えるのに何でお星さまは見えないんだろう?という不思議が生まれたのでしょう。

いい着眼点だな~とこっそり親ばかしつつ、同時に科学的な答えを提供しようか迷いました。
(答え:どうして星は夜しかでないの,昼間はどこにあるの|科学なぜなぜ110番
でも、ふと思ったんです。というか改めて気づかせてもらいました。

見えないけれどそこに在るものがある、ということに。

それで、ある詩を思い出しました。それを息子とシェアしたくなりました。
ということでその場では息子には「なんでだろうね?お星さまどこだろね?」と返事をしました。
息子はちょっとうーんと考えて「いっくん、わかんない。」と言いました。
幼稚園から帰ってきたらまた二人で考えようか、と約束して、息子は園へ。わたしは図書館へ。

帰宅後、この絵本におかあさんの好きな詩があるんだよ、と息子に読んであげました:


ほしとたんぽぽ

ほしとたんぽぽ
金子 みすゞ(著) 上野 紀子(イラスト) JULA出版局

星とたんぽぽ

 青いお空のそこふかく、
 海の小石のそのように、
 夜がくるまでしずんでる、
 昼のお星はめにみえぬ。
 
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

 ちってすがれたたんぽぽの、
 かわらのすきに、だァまって、
 春のくるまでかくれてる、
 つよいその根はめにみえぬ。
  
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。


お星さまはさ、お昼には見えないけれどちゃーんとそこにあるんだね。
不思議だね、見えなくても在るんだね。と、そんなことを息子にそっと伝えてみました。
よくわからない、という顔を息子はしていました。それでもじっと詩に耳を傾けていました。

たくさんの「なんで?」「どうして?」が毎日息子から生まれてきます。
そのまま答えをだすのか、一緒にセンスオブワンダーを感じるのか、その辺は親のさじ加減、ですね。

星とたんぽぽだけを読むはずが、結局絵本に載っているみすゞさんの詩を全部読みました。
「わたしと ことりと すずと」や「こだまでしょうか」などもはいっていて、
声に出して読むと頭で読むより染み入ってくるようで、何度も読みたいと感じました。

言葉って不思議だなぁ、と思います。
世界を広げてくれるのに、同時に世界を限定してしまうなぁ、と。
それを思うと詩人とはなんとすばらしいアーティストなのか、としみじみ感じてしまいます。
(余談ですが、詩人茨木のり子さんがだいすきです。「苦しみの日々 哀しみの日々」がすき!)

あ、話がちょっとずつ逸れていってる・・・;;

息子とはその後「見えないけれどあるものって他に何があるかな?」とお話ししました。
うーんうーんと頭をひねっていましたが、息子にはまだちょっと難しかったようです。
それでも一緒にこのトピックについて考える時間が大切で愛おしいと思えました。


星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版
サン=テグジュペリ(著) 内藤 濯(翻訳) 岩波書店

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

高校生の時だいすきで何度も読んだ星の王子さまにも大切なことを教えてもらったなぁ。

最中にいるとみえなくなりがちだけど、今という時間もかけがえのないものですね。
見えないけれど在るものを見落とさないように、こころの眼をしっかり開いていたいと思います。

そういえば最近ますます絵本の音読ブームに拍車がかかっている息子ですが、
言葉の響きを楽しんでいるのかな~?絵本棚にもっと詩の絵本や詩集をいれておこうと思います♪

+いっくん 4歳6ヶ月+
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by kakachan19 | 2015-01-20 23:44 | ■子育てから気づく

確かなこと


すきなことを書くぞー!
だって、わたしは自由だから。

今日シャワーを浴びていたら、自分の中にふわっと強く温かく優しい気持ちがわいてきて、
「わたしは愛されているし愛している。」って、ただ自然にそう感じました。

これって人が健全に生きていくための基盤となる感覚だと思うんです。

心の安全基地が必要なんです。

それがないまま、大人に、親になってしまった。
そんな人、今の時代意外と多かったりするんじゃないかな。

時間はかかるけれど、自分で自分を育て直すしかないよね。

わたしは永遠に感じることはないだろうと思っていた感覚を今こころとからだで感じています。

『わたし』がただ信じている、ということ。

『愛』はわたしのなかにありました。

「唯一確かなことは〝死”だ。」と昔教わったけど、

「唯一確かなことは〝愛”だ。」が今日わたしが感じたことでした。

わたしが許したかったのは自分自身だったのかもしれません。

自由というのは選択(責任)とワンセットなのですね。

・ ・ ・ ・ ・

意味不明なブログになっていると思います、ごめんなさい~

園から突然「発熱39.7℃」の連絡があり、超特急で息子を迎えに行ったのが金曜日。
検査できる時間になってから病院に行き念のためインフル検査してみたものの陰性で、
食欲もまぁまぁあったので、薬も飲まずひと晩ぐっすり眠ったらほぼ完全回復した息子なのでした。
が!風邪はうつすと治るというのは本当なのか!?翌日わたしが風邪症状でダウン↓
幸い夫が休日で家にいてくれたので、しっかり甘えて一日息子のお世話をお願いしました。
いつもは気になる些細な音なども耳に入らずただただ眠りつづけ、気づいたら夜・・・!
ご飯少々&ちょこっと自分事してからまた眠り、今朝起きたらほぼ完全回復していました(驚)

こんなにすぐに回復したのははじめてかも(母子揃って風邪に弱い~)!
やったぜ!とシャワーを浴びたら、ふと自分のなかに愛を感じてしまったのでした!?

というわけで、気持ちはめちゃくちゃ元気!なのですが、大事をとって今日はまったりデイ。
明日はちょっとアクティブに行く予定!からだを動かしてこころを弾ませてこようと思います♪

Love, かーかーちゃん
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by kakachan19 | 2015-01-11 23:11 | ■子育てから気づく

思うは招く


大切なおともだちがシェアしてくれた動画です:



全ての人にお勧めのこの動画、20分越えを視聴するのが困難でしたら書き起こしログもあります:
「どうせ無理」は、ラクしたいから 宇宙へ挑む男が語る、自信の育て方・奪い方 - ログミー

こころにストレートに入ってくる子育てにも自分育てにも役立つ講演内容でした。
英語本さんのFacebookでも紹介されていたりでこのTED動画の存在は知っていたのですが、
これまでチェックすることなく今このタイミングで受け取ることになったのはある意味ギフトでした。

「おかあしゃん、最近全然怒ってないね!」
今日突然、何の脈絡もなくにこにこ笑顔の息子がわたしにそう言いました。
他のことに気を取られずに、息子に、生活に、自分のこころに意識を集中させる。
それをするだけで、穏やかな時間が流れるようになり、息子の体と心がやわらかくなりました。
(とはいってもまだまだわたしは自分に甘えているし、もっともっとよくなろうと思っています。)

自分を創り上げていくということは、積み重ねることと手放すことを同時にすることなのかな、
息子の言葉にそんなことを考えながら、テキサスで馬たちがみせてくれたことを思い出します。

見つめるべきは自分の内であり、整えるべきも自分自身、ということ。

こんなニュースが目に留まりました:
人生の幸せを左右するカギが、ハーバード大学の75年の研究で明らかに―「幼少期の両親との人間関係」

しあわせなこどもを育てたかったら、まずはわたしがしあわせなおかあさんにならないと。
それができるようになったら、その時こそ自分の夢に向かってまっすぐ駆けていけると信じます。

マザーテレサの祈りです:

 愛は家庭から始まります。
 まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。
 両者が愛し合い、
 母親が家庭の中心となりなさい。
 平和とうるおいの家庭が築けたら、
 隣人を愛しなさい。
 自分が、自分の家庭が、
 愛に満たされなければ隣人を愛せません。

〝思うは招く”
まずは思考から、明確なイメージを持って、それを粛々と行動に移し、現実にしていきます。
子育てというのは素晴らしい自己修養の機会なのですね。Keep Going!
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by kakachan19 | 2014-12-24 00:57 | ■子育てから気づく

失敗なんてないのだ


息子が幼稚園から小さなダンボール箱を持ち帰ってきました。
何の変哲もないただの段ボール箱です、どうやら先生にねだってもらってきたようで^^;;

「これでロボットをつくる!」

そういって、あれやこれや頭の中で設計図を描いていたので、難しい穴をあけるところだけ少し手伝い、
あとは息子が好きにやれるようにそっとそこから離れて自分のことをしていたらなにやら不穏な空気・・・

「もういやだー!!!」

泣きながら&怒りながら息子がダンボールをもってわたしのところにやってきました。
ダンボールに色を塗ろうとボールペンでぐりぐりしていたら「消せない&穴があいた」のダブルコンボ。
頭で思い描いていた自分の理想と違うものになっていくのが悔しくて悲しくて爆発してしまったのでした。
色を塗るなら絵具かクレヨンがいいかもね、とは簡単に理由も添えて一応最初に言っておいたのですが、
自分で試してみないと納得いかない&自分はできる!という思いでボールペンを使用してみたようです。
想像上ではできるのにうまくいかなくて癇癪、こういうこと、よくあります(これまでも何度もありました)。

わーわー泣いて「もうこれいらない!」なんて言いだしたので、まずはわたしが深呼吸、

本当にこれでおしまいにするならおかあさんが捨ててきます
もしくは、一緒に考えてあげることもできるし、ここから自分で工夫することもできると思う

さてどうする?と選択肢を用意して提案してみました。
本心では最後まで作りたかった息子は考えて自分で工夫することを選びました。
工作スペースに戻っていったので家事の続きをしていたら、今度は楽しそうな空気を感じるようになり、
「おかあしゃん、みてみて~!」と呼ばれるままに見に行くと、ダンボールがカラフルに変身していました。

「いっくんね、折り紙はったの!穴も(ボールペンの)線も見えなくなったよ!」

折り紙をダンボールにパッチワークのように貼りつけていくアイディアを自ら考案したようです。
あんまり楽しそうだったので、わたしも少しだけお手伝い参加し一緒に仕上げていきました。
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いっくんの段ボールロボット、こんな感じで完成~!(かぶるのかい!というつっこみ大歓迎・笑)
しかし大人からはでてこない色の組み合わせ、こどもってみんなアーティストだよなぁ、と思います。

ボールペンで書いちゃった線や空いちゃった穴があったから折り紙を使うことを考えられたんだもんね、
あそこで泣いておしまいにしなくてよかったね、すっごく素敵なロボットになったね

わたしの言葉に嬉しそうにうなずいていましたが、本人が自分でいちばん感じていたよね、きっと。

失敗ってそこでやめちゃうから「失敗」になっちゃうのでしょうね。
でも、わたしも工作好きで経験があるのですが、その失敗があったからこそ作品がより良くなる、
さらにいえばその失敗が起点となって新たに広がったりする、そんなことも結構多かったです。
それを「失敗」じゃなくて「経験」「流れの通過点のひとつ」にすることが出来るか否かは、
結局自分の捉え方次第なのかもしれないし、そこであきらめず継続していけるかどうか、なのかも。

なーんてことを考えていたら、人生って選択の積み重ねだなぁ、とさらに深みにはまりそうだったので、
ここは素直に息子と楽しい時間を共有すべく、段ボールをかぶってしばし遊ぶのに没頭しました(笑)

そんなこんなで、今日息子はわくわく気分でダンボールロボットを幼稚園に持っていきましたが、
(「ご紹介」という作品などを先生やおともだちに見せたいこどもたちがプレゼンテーションする時間が
 園にはありますが、これってうちの園だけかな?それともモンテッソーリの園にはあるのでしょうか?)
大成功♪だったらしく、先生たちもびっくり、おともだちもかぶってみたりと大人気だったようです~
お迎えに行ったらかぶっていて!お見送りしてくれた園長先生にも褒められていました(笑ってた・笑)

ダンボールひとつでいろいろ楽しめた(学べた)今回の出来事でした◎ 

+いっくん 4歳4ヶ月+

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by kakachan19 | 2014-11-12 15:09 | ■子育てから気づく

「欲しけりゃ干せ。」


意味不明かつちょっと乱暴な響きのタイトル・・・?
あまり物欲がないほうだと思うわたしですが、こどものころはおねだりすることもありました。
あんまりおもちゃを買ってもらった記憶はなくて、「欲しけりゃ干せ。」って言われるだけで(ダジャレ?)。
(あ、でも本とか工作するための道具とか手芸用品とかは結構買ってもらった記憶があるかも)

で、どうしていたか思い出してみると、欲しいものは自分で創るようになっていました。
机の引き出しはわけのわからない物でいっぱい、小刀で木を削っていて指を半分ざっくりいったことも。
(なんだか怒られそうな気がして自力でばんそうこうで止めておいたら指くっつきました、よかった~)
お店とかで、いいな~と思うものをみつけても、どうやったらそれを作れるか、その値段で製作可能か、
そんな目線で見ていました(最近はプチプラ商品も多く買った方が安いってことも多いですね)。

って、なんで回想モードかというと、先日息子と一悶着あったからです(+_+)
お出かけ先で魅力的なおもちゃに出会ってしまい、欲しい気持ちに火がついて泣いてしまったという。
事前にその日の目的を伝え、それ以外にお金は使わないことを約束していたのでもちろん買えません。
最近はテキサスで学んだことをずっと意識してきたのもあり、派手に欲しがったりすることはなかったし、
たとえちょっと欲しいそぶりを見せても冷静に話をしたら納得して気持ちを切り替えれていたのでびっくり。
なにか理由があるのだろうか?と考えつつ、でも、泣きべそに応えてあげたい気持ちを抑えて、
かわりに「欲しかったら自分で創ればいいじゃない?」と声を掛けてみると、パッと泣き止んだ~!

息子が泣くほど欲しかったのは、新幹線ドクターイエローの小さなおもちゃでした。
泣き止んだ後一緒に考えて紙粘土を使うことになり、おとうさんと一緒に楽しく工作していました。
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紙粘土も乾いた翌日、いそいそと自分でお道具を全部準備して紙粘土に絵具で塗装~
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世界にたった一つのいっくんのドクターイエローだね、というと本当に嬉しそうで!
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ついでに?ダンプトラックも創ったのでそちらも楽しそうに塗ったのでした。
このダンプトラックの荷台部分にドクターイエローを入れる仕様みたいです。考えたのね~
欲しかった本物と比べたら出来は・・・なんですが、息子にはそんなこと全く気にならないみたい。
ふたつの宝物を手に入れて、愛おしそうに、でも結構ガツガツ遊んでいます(笑)

欲しい!という気持ちは、時に何か創造的なものを生み出す大きな原動力になってくれる、
そんなことをわたしも再確認したし、息子のこころにもきっとちょっとは残ってくれたのかなぁ。

そうそう、こんなこともありました:
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「これ、かわいいね!いっくん作りたい!」と寝る前の絵本タイムに小さく叫ぶ息子(笑)

おばけのゆきだるま

おばけのゆきだるま
ジャック デュケノワ(著) おおさわ あきら(翻訳) ほるぷ出版

息子がだいすきな恐くない(←これ重要)おばけシリーズ絵本、予想外の展開にニッコリしちゃいます。

で、やっぱり紙粘土でつくったんです、ミニミニおばけたちを。
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紙粘土の感触にうっとり?でこねることに夢中になっちゃっていましたが・・・^^;;
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わたしも一緒になってちまちまと一緒に遊びました。あら、これってちょうどいいんでない(何に)?
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やっぱり乾いたら息子は自分で準備して(ちょっとは手伝います~)好き勝手絵具で色塗りしていました。
って、ミニミニおばけたちはまっしろだったけど、いっくんのおばけたちは随分カラフルなのねぇ!
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うん、やっぱりちょうどいい、ということで昨日までハロウィン飾りになっていました(笑)

今欲しい!あれやりたい!こうしたい!がすぐに叶うときばかりではないですよね。
わたしなんかはせっかちで物欲はなくても精神的な渇望感は常に感じていて焦って先を夢みがちです。
でも、それが悪いばかりでもなくて、どんな方向に向けるかで得るものが違ったり活かせたりする、
そんなことをパワーリーディング講座やテキサス馬リトリートで体験的に学んできたわけですが、
生きる力をつけるのに、ハングリー精神を養うことってきっと重要じゃないかなぁって思います。
もちろんそれぞれのこどもたちに個性があるから程度は調整してあげないといけないと思うけど、
なんでもかんでも先回りして与えることは、逆に奪っていることにもなりかねないのかなぁ、って。

あれが欲しい、でも手に入れられない、これをしたい、でも今すぐはできない、
そんなときに、悲観せず、諦めてしまうのではなく、与えられることをただ受け身で待つのでもなく、
自らの想像力を駆使して創造していく人間に息子にはなってほしいな、って思います。
わたしもそうでありたいです。今すぐ欲しいという気持ちを昇華して日々を積み重ねていきたい。

もう11月、今年も残すところわずかですね。日々を大切に生きていこうっと。

+いっくん 4歳3ヶ月+

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by kakachan19 | 2014-11-01 22:18 | ■子育てから気づく

欲しがってるのは誰?


『子は親の鏡である』
テキサス馬リトリート生活で、このことがいかに真実であるかを知り、多くを学びましたが、
それでおしまい!なんていうことはないようで。次から次へと自分を知る関門がやってきます。

先日また気付く出来事がありました。
その時息子はすでにおやつをもらって食べたあとでした。
その日は事前におやつを出先でもらうからおうちでは用意しないよ、と説明してありました。
息子も理解していたはずでした。しかしここでわたしがイレギュラー対応したのがいけなかった・・・
頑張ってくれたから、と用意していたちょっとしたおやつをサプライズ的に息子に与えました。

「これだけなの?もっと食べたい。」

すでに目の前に与えられているのに、しかも本当はなかったはずのものなのに、
息子から出てきたのは感謝や喜びではなくて、不足感や不満、更なる欲求でした。

わたしは・・・悲しい気持ちになったと同時に正直どこかでイラッとしました。
感情が高ぶりそうになる自分を呼吸で落ち着かせながら、息子に何を伝えるべきか考えました。

ここのところ、こういうシーンがちょこちょこ発生することがあって引っかかっていました。
たまたま数日食後の果物がつづいた後のデザートなしの普段の食卓へ戻ったことへの不満げな顔、
このおやつじゃなくてこんなおやつが食べたかったな、という文句に聞こえる言葉(食べることばかりだ;;)。

そんなことを言わせないようにするのがいちばんなのでしょうが、現実目の前にそんな息子がいて、
都度わたしのこころが揺れるのを感じながら、気持ちを込めて伝えようとしました。でも違和感・・・。

テキサスから帰ってきたばかりの頃は小さなことにこころから感謝する姿があったはず。

何が変わったんだろう?あれ?そもそもなんでわたしはこんなに感情を揺さぶられているのだろう?
何にイライラしてる?感謝していないのは誰?本当は欲しがっているのは・・・誰?

やっぱり息子に悪気などないのですね。ただわたしが見せていることを映し取っているだけで。
小さなことを大切にしよう。目の前にいる人をこころから愛していこう。そう決めたはずなのに。
楽しかった時間を思い出したり、あんなことやこんなことをしたいと先のことに想いを馳せたり。
今与えられている環境に感謝せず、違うものが欲しい!もっと欲しい!なわたしを見てたんだよね。
どれだけ学んだって、継続しなければ、意識し続けなければ、あっという間にふわふわに逆戻り。

イライラしたのはそのことにうっすら気付いていながら見ない振りをして流されようとしてたから。
そんな自分の弱さや至らなさを息子に見たから。息子が見せてくれたから。

またやっちゃうところだったなぁ。
でも、こうやって前よりは早く気付けるようになっただけ多少はましになったのかな。
気付いて、学んで、ちょっとずつましになっていけば、ゆっくりでもいいおかあさんに近づいていけるかな。

冒頭のおやつの件は、頑張ってくれてありがとね、とこころを込めて伝えるだけでよかっただろうし、
じゃあなんでその時それができなかったかのかって今振り返ってみると、
自分の都合に付きあわせたから、という罪悪感にも似た気持ちがあったからで、
それって結局ネガティブな思い込みや思考の癖にまた引っ張られただけだったんだな、という。

わたしが!欲しい!そう思えば思うほど、渇望感が増していくだけなんですね・・・

わたしとあそんで (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

わたしとあそんで (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
マリー・ホール・エッツ(著、イラスト) よだ じゅんいち(翻訳) 福音館書店

『追いかけるのをやめて、じっと待っていたとき、ふいに新しい世界がひらけたのです』
辛抱することも大切なのですよね。夢を見るより現実に生きる方がよっぽど大変です。

いつも気付かせてくれる息子に感謝。
そして今回は、大切なおともだちとお話しする時間があって、そこでも気づかせてもらいました。
自分のことって相手がいないと見えないものですね。おともだちにもこころからありがとうを!

さて、気付いたのだから意識を変えないと。
わたしが変われたかどうかはまた息子が見せてくれるのでしょう。頑張ります。


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by kakachan19 | 2014-10-10 23:45 | ■子育てから気づく

ありのままの自分


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おちゃらけたところも。泣き虫なところも。可愛い笑顔も。いっくんの全部がおかあさんはだーいすき!


少し前に息子とした印象的な会話があります。
それを個人的な日記にして残していたのですが、なんだかブログにも記しておきたくなって。

数日前の夜のことです。

ベッドで寝る前の絵本をすっかり読み終えて、わたしも息子もとても幸福な気持ちでいたときのこと。

息子が本当にうれしそうにニコニコ笑顔で話し始めました・・・


「いっくんはおかあしゃんがだーいすき!」

ありがとう!おかあさんもいっくんがだいすき!

「おとうしゃんもすき?」

おとうさんもだいすき*^^* いっくんはおとうさんとおかあさんの宝ものなんだよ。

「おかあしゃんもすき?」

おかあさんがおかあさんを好きかってこと? うーん、好きになってきたよ。

いっくんはいっくんのこと好き?

「うん!いっくんはいっくんがだいすき!自分がだいすき!」

へぇ!それってとっても素敵だね!いっくんはいっくんのどこが好きなの〜?

「あのね、いっくんのからだの中だよ!えっとね、ハートだよ!おこころがすき*^^*」

・・・

すごいなぁって心から尊敬してしまいました。
自己肯定感というのでしょうか。健やかに育ってくれているんだな、って親として嬉しく思います。

そして。

わたしにも、こんなハート、まだどっかに隠れてるといいな、って。

愛されることを求めるのではなくて、自分はすでに愛されていると無条件に信じられること。

全ては外からではなく、内にあるということ。

世界は安全な場所であるとその身を委ねることができること。

『ありのまま』

幸福なこどもが幸福な人間に育っていくために必要なことって、きっととてもシンプルなんでしょうね。

わたしはどれだけシンプルになっていけるだろう。

どれだけこどもになっていけるだろう。

付け足すのではなくて。
わたしを変えるのでもなくて。

わたしに還っていく、きっとそういう感じ。


テキサス行まであと2週間ちょっと、です。


マミ~ことランディ由紀子さんが新しくはじめられたブログを読んでいます。
今のわたしは特に最近書かれた以下の記事にメッセージを感じています:

■ キミは変わらない - YUKIKO LUNDAY

シンプルでまっすぐでしなやかで、、、こころが潤いました。

こんな素敵なメンターさまと共に過ごし学ばせていただけること・・・

ありのままの自分に再会できるかもしれない*^^*

テキサスでの時間が本当に楽しみです。

Love, かーかーちゃん


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by kakachan19 | 2014-07-13 00:47 | ■子育てから気づく

蛍の光が灯るとき


そろそろ梅雨入り、今年も蛍の季節がやってきましたね。

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そんなわけでわたしの地元、今は亡き祖父母宅近くにある小さな川に蛍に逢いに行ってきました。

 去年の記録(絵本エピソードあり):蛍が教えてくれたこと

今日みたいに風がなくて湿気のある日はいるはずだよ、というおとうさんの読みはあたり、
夜に近づくにつれどんどん増えていく淡く優しい光の舞いを息子と存分に楽しむことが出来ました。

「なんで蛍のおしりは光るの?」

 ぼくはここだよってだいすきな相手に伝えているんだよ

そんな会話をしつつ、息子が眠くなる時間まで暗闇のなかを散策したりぼーっと佇んだり。
(理論的な発光理由はコチラをどうぞ:ホタルはなぜ光る?|キヤノンサイエンスラボ・キッズ

自然の美しさや命の輝きに触れるとこころが動きます。
そんな時に一緒にいたいと思うヒトがやっぱり自分にとって本当に大切な存在なのでしょうね。

と、そんなことを想っていたら、やっぱり今年も祖父との思い出がぽっと胸に灯りました。

幼かった頃、父が家を長期間あけることがあると、父子家庭だったので、祖父母宅に預けられました。
祖母は優しい人だったけれど、祖父は子ども嫌いでほとんど構ってはくれなくて。
むしろ少しでもはしゃいだりすると感情的に叱責されたりするので正直ちょっと怖い存在でした。
そんな祖父がある晩散歩に連れ出してくれて。でも会話もほとんどなくてただ一緒に歩くだけ…
てくてくついていくと川沿いの散歩道にでて、そこにはたくさんの蛍が舞っていたのでした。
こころがはしゃいだのを憶えています、実際にはしゃいだとも思うのですが怒られた記憶はなくて。
思い出せるのは(今では考えられないことですが)祖父が蛍を1匹掌に包んで家に連れかえったこと。
庭石の上の蛍の淡い光はいまだに忘れられない祖父との数少ないあたたかな思い出です。

これから息子が育っていく人生の過程でいずれ暗闇に迷い込むこともあるかもしれません。
そんな時に、いろいろな家族の思い出が、こころで感じたことたちが、彼を支えてくれたらいいな。

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もしもこころが暗くなったなら、そこに蛍の光を灯してみたらいいのかもしれないですね。
蛍の光は星の光に似ていると思うから。たくさん思い浮かべたらそこは宇宙になるかもしれない。
暗くなきゃみえないものもある。輝くためには、伝えるためには、必要なモノがある。

・・・・・・・・・・・・

さーて、帰りの車中で寝落ちしてしまった息子ですが、今晩は蛍の夢をみるのかな?
来年も再来年もその先も、ずっとずっと水が綺麗なままで、蛍が舞っていてくれますように。

+いっくん 3歳11ヶ月+


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by kakachan19 | 2014-06-08 00:01 | ■子育てから気づく

かみさまとのやくそく


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息子生後4時間の寝顔、わたしをおかあさんに選んでくれてありがとう

「あのね、いっくんね、遠い宇宙にいたの。」
「小さく小さくなって、まぁるくまぁるくたまごになって、おかあさんのお腹にはいったの。」
「おかあさんが好きだからだよ。」

いつだったかな、息子が3歳半くらいのときだったかな、
その日はなんだか部屋の空気が懐かしいような澄んでいるようなそんな感じがして、
ふと息子に、おかあさんのお腹にいたときのこと覚えている?と聞いたとき、教えてくれたことです。

いわゆる胎内記憶と呼ばれるものなのでしょうか。
母親の胎内にいた時や出産時の事などを、こどもたちは記憶しているそうです。
特に2~3歳のこどもたちが語ることが多いようですが、問いかけるタイミングや聞き方もありつつ、
それでもそれを語るか語らないかはその子の“かみさまとのやくそく”次第なのでしょうか。

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先日こころの琴線に触れる映画を見てきました。


『かみさまとのやくそく~胎内記憶を語る子どもたち~』
http://norio-ogikubo.info/

胎内記憶と子育ての実践、インナーチャイルドをテーマにしたドキュメンタリー映画です。

この映画のことは友達に教えてもらって知りました(Sちゃん、ありがとう!)。
ただいま育児中の身として、子育ての実践という部分はもちろんですが、
自分の生い立ちから個人的にインナーチャイルドという部分にも惹かれて見に行きました。

かみさまとのやくそく、子育てにかかわるすべての人たちにシェアしたい内容だと感じました。
特に未来のママさんたちや今お腹に赤ちゃんがいるママさんとその家族には是非見てほしいな。
お腹のなかにいる赤ちゃんがもういろんなことをわかっていること、知っているだけで違うと思うから。

もちろん現在進行形で子育てを頑張っているママさんたちにもおススメしたいです。



※以下、なるべくネタバレしないようにわたしの感想を書くつもりですが、
  まったく先入観なしに見に行きたい!と思う方は読むのはここまでにしてくださいねm(__)m




こどもたちは皆口をそろえて「役に立つために生まれてきた」と言うのだそうです。
生まれてくる前にそれぞれに決めてきたことがあるので、
なかには産んでもらうだけという母子関係などもあるようですが(わたしもこれなのかな~)、
それでもこどもたちは自分で選んだ母親をしあわせにするために生まれてくるのだそうです。

それが嘘か本当かというのはどうでもよくて。
「わたしをしあわせにするために、わたしを選んでここにきてくれたんだね」
そう素直に思えたら、目の前のこどもがなおさら愛おしく尊い存在になるかもしれませんね。

わたしたちが魂にそれぞれの約束を刻んで生まれてきているのだとしたら、
大人がこどもに付け加えるものなど何もなく、持っているものが輝くようにサポートするだけでいい。
今は大人になってしまったわたしたちも、かみさまとのやくそくをただ思いだせたなら。
そうしたら、大人とこどもはただそのままで愛し合うことができ、世界はひとつになるのかな。

胎内記憶研究の第一人者である池川明医師をはじめ、大学教授や幼児教育者、たいわ士など、
それぞれのスペシャリスト達が真剣にこどもたちに向き合い真実を見つけようとする姿勢が
モンテッソーリ女史の「子どもの発見」に重なりました。命の秘密を垣間見た感じです。
連綿と続く命の繋がりのなかにわたしたちはいる、ひとりじゃない、わたしはそう感じました。

たいわ士さんによるインナーチャイルド(内なるこども)の解放のシーンもありましたが、
自分の中にいるこどももよしよししてあげること、そのままを愛してあげること、大切なのですね。
わたしも最近やっとできたばかりですが、世界が安全で生きやすい場所になりました。
ひとりじゃないんだよ、って思い出してあげること。助けてもらってもいいんだよ、ということ。
まじめすぎる頑張り屋さんな人たちに届くといいな、なんて思いました。

そだ、息子は小さい時から暗闇が本当に苦手で今でも薄明りがないと眠れないのですが、
その理由も映画の中のこどもたちが語るある部屋のくだりをみて、そういうことなの?とびっくり。
暗くして寝ることを強制せず、息子の気持ちに寄り添ってよかったんだな、なんてことも発見でした。

他にもさまざま発見があり、たくさんのメッセージを感じる映画でした。

受け取るメッセージはそれぞれに違うのだと思います。
やはりあまり先入観なく見たほうがより心に響くと思いますので、わたしの感想はこれくらいにしておいて。
公式サイトに上映会情報の記載がありますので、興味のある方は是非是非!

皆がそれぞれの“かみさまとのやくそく”を大切にし、尊重し合って生きていけたらいいですね♪

Love, かーかーちゃん

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by kakachan19 | 2014-05-21 01:58 | ■子育てから気づく