はじまりの日

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多様性と受容力

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視力を使わなくても見えるものってなーんだ?


今日はもりの学舎インタープリター(自然案内人)養成研修の補講を受けてきました。
(もりの学舎:http://kankyo-gakushu-plaza.pref.aichi.jp/manabiya/
いろんな人と触れ合って、いろんなことを体感して、とっても濃い一日を過ごしました。
わたしにとって、ひとつ山をこえたというか、やっとわかった、そんな大切な気づきがありました。

こんな拙い内容のブログですが、いつもいろいろ考えたり言葉を選んだりしながら書いています。
でも今回は、今日のこと、思ったこと、今感じていることを、自分のために、ただそのまま書きます。

今回の研修は『もりの学舎』と『日本ダイバーシティ推進協会』さんのコラボ研修ということで、
(JDNA 一般社団法人 日本ダイバーシティ推進協会:http://j-dna.org/
午前の部はダイバーシティコーディネーターさんたちと一緒に体験するプログラムでした。
『ダイバーシティ』=『多様性』『違いを活かす』ということを、頭で知るのではなく、体感する内容で、
いちばん印象的だったのが、視覚障害をお持ちの方とペアを組んで街中の公園を散策したこと。
突発的に駅などで点字ブロックをたよりに歩いている人の手助けをした経験はありますが、
腕をとってもらって見えるものを話しながら誘導するというのは今回がはじめての体験で。
ペアを組んだ方がとっても楽しい方で、また子育ての先輩でもあり、いろいろ話がはずみました。
なんと書いたらいいのかわからないのですが、短くない時間を触れ合いながら一緒に歩かせてもらって、
いろんなことが特別なことではなく、日常交し合う思いやりの延長線上にあるものなんだと感じました。
お互い違う部分があるからこそそれぞれの「!」や「♪」があり、共有することで世界が色づくこと。
わたしは目で見えているものを言語化して伝える、それをペアの方が触って感じたことを伝えてくれる、
そのやりとりのなかで、「わかる」というのは目に頼るものだけではないんだ、と気づきました。

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない 

見えているからこそ見えない、気づいていなかったことが、この世界にはたくさんあったんだなぁ。

「みんな違ってみんないい」

そうだよね、って頭ではわかっているつもりなこと。
もうちょっと深いところで感じたら、ほわっと心と体が軽くなったような気がしました。

午後の部は、『一日共感留学』というワークショップに参加者として参加させていただきました。
『共感留学』という中間的就労体験プログラムの参加者さんたち企画・運営のワークショップで、
(新たな自立への旅立ち「共感留学プログラム 2014」:http://kyokan-ryugaku.com/
「アロマで楽しみながら自分を知ろう!」&「自分の感情との向き合う小さなコツ 」という
ふたつのグループワークに参加・体験させていただいたのですが、これも本当に楽しくて!
全体を通して徹底されていたことは『受容』、受け入れられることの安心感ってすごいですね。
なにより年齢も経歴も様々な共感留学生さんたちが一度は閉じたドアを自分で開こうとしている姿、
それを肌で直に感じることで、自分のなかにある気持ちもいろいろ見えてきました。

自分らしくいるだけでなぜかはみだしていってしまってること、わたしもあった。
もうなにも感じたくなくなって閉じこもっていたときもあった。
平均値からはずれているというだけで生き辛かったのはなんでだろう。

それでも。コインには裏と表があるように、すべては表裏一体で。
どっちがいい、悪いじゃなくて、そのどちらもが愛おしい自分で。
『受容』の力に自ら気づける人はラッキー(しあわせ)なのかもしれないな、とか。

わたしは今日一日本当に楽しい時間を過ごさせてもらっただけなのに。
研修が終了したとき、午前の部でペアを組んでくれた方がわたしのところまで来てくれて、
腕にふわっと触れて「楽しかったね、また一緒に歩きたいね。」と言ってくれたこと。
同じグループでお話しした共感留学生さんが決意に満ち溢れた瞳を見せてくれたこと。
一緒に大盛り上がりした女の子がバイバイの時ぎゅーっとハグしてくれたこと。
その全部がわたしの心に触れました。自分の存在を受け入れてもらったよろこび、かな。

帰りの電車でも余韻があって、時間を感じなくて。

家に帰りつくと、息子が全速力で「おかーしゃーん!」と走り寄ってわたしに抱き着いてきて。
帰る家があって、わたしのことを無条件に迎えてくれる家族がいて。

寝かしつけはおとうさんが担当してくれたので、その間に無心でアイロンをかけていたら、
ある瞬間突然種がぱっと弾け飛んだかのように自分のなかにメッセージが生まれてきました。

「わたしはわたしでいいんだ」

昨年末から「依存を断ち切る」と自分で決めて、それを意識しながら過ごしてきたつもりだったけど、
「自立するんだ!」がいつしか「かっこいい自分になろう」にすり替わっていたようです。
望まれる自分になろうだなんて、自分で勝手に課していたことにやっと気づけました。
そんなこと望まれていないのに。そのままのあなたでいいんだよ、って、きっとそうだったのに。

やっぱり気をつけなきゃいけないこともあるし、これまでの経験を糧にしたいとも思うけれど、
それは違う自分になるということじゃなくて、今の自分に選択肢を増やすということ、なのかも。

まずは自分の気持ちに気づくこと、そしてそれを受け入れること。
それができてはじめて目の前のひとの気持ちを受け入れることができる。
そしてそれがどんどん繋がって広がっていく。それぞれの違いが調和を奏でていく。

そのままの自分が愛おしく思えたら、ますます世界は美しく見えるのですね。
多様性なき世界だなんてわたしはあまり想像したくありません。

自分には何にもないって思っていた(いる)けれど。
目に見えるものはなにも持っていないけれど、そのままの自分ですきなとこ、あります。
小さなしあわせを感じることが得意なところ。こどもっぽさも、場をわきまえれば、嫌いじゃない。

文字にすると、当たり前のことじゃん、ってことばかりかもしれないけれど。
今日、体感を通してお腹に落とし込めたことが、わたしにとっては特別な意味のあることでした。

いろんな人と直に触れ合うことの素晴らしさも再確認しました。
相手がいてくれるから自分が見えるというのはやっぱり本当にそうだと実感しました。
気づきの環境を与えていただいたこと、今日出逢ったすべての人たちに「ありがとう」です。

というわけで。無事インタープリター養成研修も全課程修了~!
学んだこと、気づいたことを忘れずに、これからじっくりひとつずつ積み重ねていこうと思います。
インタープリターの役割とモンテッソーリの環境における大人の役割ってとても似ているのです。
焦らずに、わたしらしく。おかあさんでもインタープリターでもこうありたいと願う姿は一緒です。

またひとつ終わったと泣いた冬。
またあたらしくはじまるとわくわくしている春。

地に足を付けて自分を生きていこうと思います。

Love, かーかーちゃん

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by kakachan19 | 2015-03-20 20:20 | ■インタープリターとして