はじまりの日

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お母さんの「発見」 -わたしのモンテッソーリ教育-


我が愛しの息子いっくん、来月には早いもので4歳になります。
ブログ開始当初は1歳8ヶ月とかだったかな?本当にあっという間でびっくり!
そんな息子の成長は毎日一緒にいるわたしからみても目覚ましいものがあり、
自立&自律の道筋を着実に辿っているな、とある種畏敬のまなざしで彼を見守り寄り添う日々です。

その彼の成長を、今までも、そしてこれからも、大きく援けてくれているのはモンテッソーリ教育です。
妊娠中に読んだ本がきっかけでこの教育法を知ったのですが、もうまさに一目ぼれ状態でした!
わたしのこころが「これこそが自然の摂理に副った子育てだ。」と言うのでそれを信じてまっしぐら!
入手できる関連本を読んではトッポンチーノやモビールなどを用意してベビーの環境をつくり、
その後はモンテッソーリIT勉強会「てんしのおうち」で学びながらわたしなりに息子と実践してきました。

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手作りのゴビモビール、刺繍糸を一生懸命まいたな~*^^*

幼児教育の経験もない、モンテッソーリの資格も持っていない、普通の母親のおうちモンテッソーリ。
その試行錯誤の跡はこのブログに記録として残しており、皆さまとシェアさせていただいています。
息子が小さいころから一緒に成長を見守ってくださっている方々にはこころから感謝しています。

はじめの頃は深く理解しておらず、表面上だけを見てその魅力に片思いしている状態だったわたし。
マリア・モンテッソーリという偉大なる女性は稀代の天才であることは疑いようもなく、
その才能やセンスに凡人のわたしはただ恋い焦がれその後ろ姿を追い求めていたように思います。
それが日々学び実践していく中で、とにかく息子を観察しタイミングを捉える習慣が自然とついていき、
気付いたらわたしなりの「モンテッソーリのまなざし」が育っていくのを感じるようになりました。

変な言い方かもしれませんが、遠い存在として距離を置いてモンテッソーリ女史をみるのでなく、
平和を望みこどもたちからそれを実現したいと願う同志として同じ想いを分かち合っているような、
同じ人間同士としての、尊敬の念だけではない、ある種の親しみを感じるようになりだしました。
わたしのなかにも「モンテッソーリの愛」が生きていると、おこがましくも感じるようになったのです。

モンテッソーリ教育がこどもたちに授けてくれる世界観(宇宙観)というのは本当に素晴らしくて、
それは「みんなひとつ」という強い願いにも似たものを感じさせるのですが、親である自分も学びが進み、
モンテッソーリ教育の深い部分に触れるようになると、自分の世界観も変わっていくことに気付きます。

特別な才能が必要なわけではなくて、自分のなかにある愛を素直に信じることができるかどうか、
目の前の(こどもという)存在のそのままを見ることができるかどうか、大切なことはそういうことかな、と。
そこに「こども(人間)の本質」を捉えるための知識や観察眼があれば、きっと世界は良くなっていくでしょう。
答え(大切だと思うこと)というのはそれぞれいろいろあるものだと思うのですが、それでもわたし含め、
母親たちや保育者たちがモンテッソーリのまなざしを得ていく過程には共通項がある気がしています。

その共通項が何なのか、たくさんの実例に基づきわかりやすく丁寧に伝えてくれるおすすめの本です:

お母さんの「発見」 モンテッソーリ教育で学ぶ子どもの見方・たすけ方 (文春文庫)

お母さんの「発見」 モンテッソーリ教育で学ぶ子どもの見方・たすけ方 (文春文庫)
相良 敦子(著) 文藝春秋

モンテッソーリ教育を愛する人にとっては尊敬の対象であり、ご高名である相良敦子先生のご著書です。
わたしもご多分に漏れず相良先生のご著書はすべて既読ですが(読みやすい&わかりやすい!)、
『お母さんの「敏感期」』に引き続き『お母さんの「発見」』が昨年文庫化された時もすぐに購入しました。
2000年発売のロングセラー本なのでこれまでに読んだことがある方も多いかもしれませんが、
第四部(全四部構成)として文庫のための書下ろし「母親が語るわが子のその後の生き方」が加筆され、
モンテッソーリ教育を受けた子どものその後の姿などが記されていると知り是非読みたかったのです。

しかしなぜだかちょうどいくらか読み進めたタイミングでこの本を手渡したい友人などの相手が現れ、
そのたびに「これよんでみて、面白いよ♪」とあげてしまうということが続き(何冊配ったかな^^;;)、
まぁそれも縁だよねぇと思っていたらなんと!今度はわたしが縁あっていただくことになったという!
これは“今お読みなさい”というメッセージに違いないと思い(!?)、はりきって一気に読んでしまいました♪

再読ですが、お母さま方や保育者の方々が発信された子育ての現場からのリアルなレポートは興味深く、
共感する部分やそうだったなぁと再確認する部分も本当に多くて、読了感はしっかり◎
加筆された第四部も興味深く、モンテッソーリで育ったこどもたちのその後は納得いくもので、
母親たちもモンテッソーリのまなざしを持つことで大きく育つのだな、と改めて思ったのでした。
そしてなにより4歳目前の息子とのいままでを思い出し、思わずいろいろ振り返ってしまいました。

我が家にも、モンテッソーリの考え方を知り、親子ともども救われた出来事がたくさんあります。
懐かしく思い出すのは息子が2歳になる前の秩序の敏感期のエピソード(当時の記録:強まる秩序感)。
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これは1歳目前のとき、本物のバナナと絵本の写実的なバナナの絵をマッチングしているところ

バナナを食べていたら急に大泣きしだした息子にあわてることも戸惑うこともせずに済んだこと。
彼にとってバナナは皮のなかにあるものであったこと、それこそが彼の世界を構成する秩序だったのです。
だから、折れて外にでてしまったバナナを皮で包んであげたら彼はピタッと泣き止んだのです。
秩序感のことを知っていなければ、おろおろして意味のないご機嫌取りをしていたかもしれません。
そのことの理由を知っていなければ、未熟なわたしは無駄なこだわりだ!とイライラしたかもしれません。
それが「生命の法則」にしたがっている行動なのだとわたしは運よく知っていたからこそ、
大人とこどものと間の闘争状態を避けることができたのです。

4歳近くになった今もモンテッソーリの教えにはまだまだたくさん助けられています。
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色水を注いで色をつくるお仕事♪ また後日別に記録予定です♪

これはある(大人にとっての)困りごとを解消すべく息子といっしょに楽しんだ手作りのお仕事なのですが、
それというのはこの頃息子は食事中にお茶とお水両方を用意してそれを混ぜるということをしだしまして。
なにせ食事中ですから遊ぶということはよろしくないわけです。食べ物は遊ぶものではなく食べるもの。
しかもそれがお茶や水を注いで混ぜるというものなのだから本来のわたしはキー!となりそうなもの。
でも、モンテッソーリのまなざしを持っている今のわたしは、一呼吸おいて考えることができました。
静かにきっぱりと「今はお食事中だからいっくんがやりたいことは別に用意してやろうね。」と伝え、
液体のあけ移しがしたいのかな?色が混ざることが興味の中心点なのかな?と冷静に分析できました。
約束通り簡単に手に入るもので材料をそろえお仕事をつくって、食事とは別の時間に提供しました。
息子はこれに夢中になり思う存分取り組んだためか、今日はもう食事中の困りごとは起こりませんでした。

教具やお仕事が魅力的なモンテッソーリ教育ですが、その良さはそれだけではないと思います。
おうちでモンテッソーリを取り入れようと思ったときにそこにばかり囚われるともったいないかも、です。
モンテッソーリメソッドとモンテッソーリ教育は違うということをよく知っておく必要がありそうです。
(詳細については『お母さんの「発見」』p27~30に秀逸な解説が有りますので是非ご確認ください)

『おかあさんの「発見」』で相良先生はこうおっしゃっています:

 特別に何か養成教育を受けなくても、
 モンテッソーリが教えてくれたことを手がかりに、子どもをよく観察し、その根拠を理解し、
 現象の根底にある生命の法則に基づいて道具をつくったり動き方をしてみせたりすることによって、
 誰でもモンテッソーリが発見したような子どもの生命力や高い資質に出会うことが出来ます(p32) 

また、こうもおっしゃっています:

 モンテッソーリ教育の出発点は、
 子どもが日常生活の行動を自分ひとりでできるようになるように手伝うことです。
 しかも、まず目の前の子どもがやりたがっていることを観察することに原点がある~ (p184)

これこそがわたしが勝手ながらこうあってほしいと思う「おうちモンテッソーリ」の原点です。

道具は本物を。サイズはこどもにぴったりのものを用意すること。
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そうすればこどもは自分の行動(人生)の主人公になれることをわたしは毎日目撃しています。
大人がこどもにしてあげられることでいちばん大切なのは環境を整えることなのだと実感する日々です。
それができたらば、あとはこどもを信じてちょうどよい距離からそっと見守る、これがなかなかむずかしい。
それでも息子の「ひとりでできた!」の尊厳に満ちた顔、輝く瞳は何物にも代えがたい親への褒美。

子どもは自分でできるようになりたいのですね、まさに「ひとりでするのを手伝ってね!」です。
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幼稚園にもっていく給食袋の準備を自分でできるように必要なものをカゴにまとめてセット。
手に届く場所にわかりやすくセッティングしておくだけで、こどもが自分でできることは増えますね。
ちゃんと習慣になり、降園後は自分で使用済みのものを片づけ、新たに持っていくものは用意します。
他にも洋服も自分で選んで着脱できるよう、洗濯済みのものをしまったりできるようにしています。
これだってきっと立派な「日常生活の練習のお仕事」なのだと思うのです。

これまでの積み重ねの中で、わたしの中にモンテッソーリセンサーのようなものができていて(!?)、
これは息子がやりたそうだ、こうしたらできそうだ、こうしたらもっと魅力的になる、と働いてくれます。
普段の生活の中にたくさんの「できた!」の種が眠っています。見つけるのが大分うまくなったかな?

もちろん感情的に怒ってしまったり、自分がやった方が楽だなという気持ちに負けることもあります。
そのままを記録しようと思っていてもブログの性質上無意識的に良く書いている部分もあるはずです。
だから我が家はものすごく特別なのだと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、
全然そんなことはなくて、わたしは日々失敗や息子からたくさんのことを教わっているのです。
育児は育自なんて言いますが、本当に母親にも子育ての敏感期があり成長できるのかも、ですね。

ブログという場所があって、わたしと息子の成長の日々をシェアできることを嬉しく思います。
ただの一母親としてのわたしでも発信者となりモンテッソーリを広めるお手伝いができるからです。
資格も経験も何もないわたしでもモンテッソーリ女史の発見を追体験しそのまなざしを得つつあること、
そのことがもしもなんらかのご縁があってここを訪れてくださる方々へのメッセージになってくれれば。
むずかしく考えなくてもよいはずなのです。目の前のできることをひとつずつ大切にすれば、きっと。
相良先生もモンテッソーリの発見はモンテッソーリの専売特許ではないとご著書内に書かれています。

モンテッソーリメソッドを享受できる環境(教育施設)を日本中のこどもたちに。
家庭では母親たちはモンテッソーリ教育を通してモンテッソーリ女史の発見を追体験し、
こどもの見方・援け方を知ることで本来の親子関係に立ち返り楽しくしあわせに子育てする。

これが今わたしがなんらかのかたちで実現したいと夢見ていることです。

いつかわたしも本物のモンテッソーリアンになれたらいいな。
今は子育てに専念する時期ですが、いずれ相良先生のお話を生の声でお聴きしてみたいですし、
いつも大変お世話になっているモンテッソーリIT勉強会の田中昌子先生にもお会いしたいです。
他にもブログを通して得た素晴らしいご縁があり、会いたいと願う素敵な人たちがたくさんいます。

でもまずは。できることからひとつずつ。
ということで、わたしはこれからも今のわたしができることで、
おかあさんたちにモンテッソーリが授けてくれるしあわせを広めるお手伝いをしたいと思います。

お母さんの「発見」 モンテッソーリ教育で学ぶ子どもの見方・たすけ方 (文春文庫)  お母さんの「敏感期」―モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる (文春文庫)

相良先生のご著書で文庫化された2冊は価格もお手ごろ&モンテッソーリ入門書にぴったりなので、
今後も機会があるたびに興味のある友人たちに手渡すことになりそう、現実世界でも行動します♪

笑顔のおかあさんたちが、そんなおかあさんをみてやっぱり笑顔なこどもたちが、増えますように。

わたしにとってのモンテッソーリ教育ということで、想いをたくさん書いてしまった~^^;;
伝わるものがあればよいなと願いながら。ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます♪

Love, かーかーちゃん

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by kakachan19 | 2014-06-10 03:40 | ■モンテッソーリ教育